見栄や世間体の為に生きるのか

今日はパートナーと子どもと

茶店のモーニングに行きました。

色々なファッション雑誌などあらゆる雑誌に

目を通し、その紹介されている商品の値段に

いちいちギャーギャー反応していました。

化粧品、被服、鞄に時計にアクセサリー。

極め付けは車と家。恐ろしく高い。

本当にその為だけに働かなきゃいけない。

 

昔々、本当に大昔、医療関係の彼氏がいた時代がありました。

彼は外車に乗っていてすごくオシャレでした。

まだ20代後半だったのにとても羽振りもよく

この外車は5年ローンで買ったと話していました。

なぜローンなのか聞いてみたところ

「この車のローンがあるとこのキツイ仕事でも頑張ろうと思えるからローンが好きなんだ」

と私の今までの人生の辞書にはない回答が

返ってきて驚いた事を思い出しました。

 

モーニングの帰りに車に乗りながら

いろいろな景色をながめていると

本当に我が家近郊でも近年新築の一戸建てが

すごく増えています。

その家のガレージにはワンボックスカーがあり

少なくとも住宅は30年前後ローンだと思いますが

みな、見栄なのか世間体なのか、

いやそれとも、それが当たり前と思わされ

それ以外の道を選択する事を知らないのか

どこの家も同じように同じような物があり

雑誌にあるような、ドラマに出てくるような

そんな家庭って感じの家ばかりです。

 

仕事をそんなに頑張らなくても自由に生きる

そんな生き方をしてる人が見当たりません。

 

本当に自分にとって必要なものがあれば

実はそんなにお金は必要なくて

会社員で働かなくても

なんとなく好きで楽しいことしてたら

お金になる仕事が見つかって

それだけで十分生活できちゃうんだよって

もし小学校から教育されていたらどうでしょう?

私たちは遊びながら得意な事をして

誰かの役に立ち喜ばれ報酬をもらい

それなりに実は生きていけるのではないのか。

 

何も本当に根拠はないのですが

最近山に行ったり海を見たりする機会も多く

自然からそんな声が聞こえてくるのです。

 

私は世間から普通に見られたくて頑張るのか

それとも自分の心の声に従って生きるのか

答えは明確です。

 

ただ恐ろしいのは子どもの頃からの刷り込みです。

会社員で働いて結婚するのが幸せだとか、

子どもは産んだ方が幸せだとか、

年収はいくらあったほうが幸せだとか、

そんな情報や声が私を狂わせるのです。

 

また子供の頃からの心の傷やトラウマ

そんなものも非常に厄介です。

親の為に◯◯しなきゃいけないとか、

親とは同じ失敗をしたくないとか…

私たちの心、潜在意識には沢山の傷があり

向き合わなきゃいけない課題が沢山あったり

私も他人事ではありません。

 

体調不良もあり、混乱中ではありますが、

どんどん増えていく一戸建てを見ながら

「家を建てる為に30年仕事に縛られるのは耐えられないだろうな」

そう感じる自分の感覚は、

間違ってないというか、しっかり自分の心を

見れている証拠だと感じながら眺めています。

 

私は見栄や世間体や、一般とか常識とか、

そんな言葉に惑わされる事なく

自分らしく生きたい。たとえそれが変人でも。

そう思います。

 

それではまた。