セミリタイアを考えたキッカケとその後の出来事について

2020年の夏、ある雑誌に40代で早期リタイア生活をする男性の記事が掲載されていました。金融資産が1億円ほどあり、配当や利子で生活を送るその男性の生活スタイルを読み、こんな生活もあるのだと衝撃を受けました。

 

当時、私の金融資産は約3,500万円。子どもの頃から貯蓄の習慣があり、20代前半で株式投資や資産運用を始め、おひとりさまで、服や鞄やブランド物に一切興味がなく、ある意味すごく質素な生活が当たり前だった私は、20代後半に資産1,000万円を達成し、気付けば39歳でここまで資産が増えておりました。38歳で今のパートナーと一緒に暮らし始めたばかりで、仕事では管理職に昇進したばかり。定年までにもっと出世しバリバリ働こうと思っており、リタイアという概念すらありませんでした。そうは言ってもこの雑誌を読んでから、金融資産があればそんな生活も可能なのだと知り、胸がざわついたのは事実でした。

 

それと同時期、職場で管理職に昇進したばかりの私はある大きな壁にぶち当たり、どう努力してもその問題を克服できず、泣いて2日間会社を休む出来事が起きました。それを目の当たりにしたパートナーに冗談半分で、「ぴかって発達障害じゃない?」と言われ、そこから会社員としての出世人生が大きく崩れることとなったのです。

 

パートナーの発言から約2週間後、私は思いきって発達障害専門外来がある精神科を受診し、様々な検査や問診等の結果、自閉スペクトラム症と診断されました。

 

思えば学生時代に不登校になったり、原因不明の体調不良で入院したり、集団行動や女子トークが大の苦手で、友人もほぼおらず、社会性に欠ける部分が多かった...

でも興味を持った分野への集中力があったおかげで、何度か転職は繰り返しましたが、なんとかここまで会社員として勤めることができたのですが、でも私には不向きで管理職は楽しくないと、昇進から間もなく気付いてしまったのです。

 

さてどうしよう。

地獄に落とされるかの如く、落ち込み悲しむ時もありました。自分が発達障害だと受け入れられない時間もありました。それでも管理職として必死に働きました。でも、ふと思ったのです。

 

「社会性が必要な会社員が苦手なら、そこから離脱してみたら?」

 

シンプルな生活が当たり前だった自分にとって、パートナーと子育てをしてるとはいえ、生活費は3人で20万もあれば足りる。もう少し金融資産を増やし、生活レベルを上げずに暮らせれば、早期リタイア生活も可能じゃないの?

 

そこからです。悩むより行動です。問題が起きれば、問題が起きてからまた考え直せばいいのです。パートナーと価値観を共有できていたことも大きな支えで励みでした。

私は自ら管理職を退き、我慢することをやめました。もう少し緩やかに生きようと思ったのです。

 

お金はあくまでも便利な道具です。そのお金に振り回され、お金のために我慢を重ね、自分らしさを見失っては、せっかくの人生がもったいない。

ある程度の金融資産があっても、会社員としての道を離脱するって勇気がめちゃくちゃ必要です。世間の目、将来への不安、金融市場のリスクに対する恐怖心、本当にいろんな事が、会社員として必死に働くことを辞められない理由となり、決断を鈍らせる。

 

でも、やっぱり挑戦してみたい。

自分らしくもっと豊かに楽しく暮らしたい。

 

そんな思いが止められず、出世街道から抜けました。

そして今後、正社員としての会社員人生も手放していきたい。

自分でも今後とのことは未知ですが、動き始めたら納得するまで私はとまらないのです。

 

 それではまた。